中国の山西省にある新石器時代末期の陶寺(とうじ)遺跡(紀元前2300年〜前1900年頃)では、中期から後期への過渡期、あるいは後期に激しい政変や外敵の侵入があったと考えられており、都市の破壊とともに凄惨な殺戮・損壊の痕跡を留める人骨が多数発見されています。
発見された男性・女性の遺体(人骨)の具体的な状況、および特に凄惨な損壊を受けている女性の遺体の様子は以下の通りです。
1. 遺跡全体に見られる殺戮と遺体の状況
陶寺遺跡の後期層や、ゴミ捨て場として使われていた遺構(灰坑)からは、乱雑に投げ込まれた多数の人骨が発見されています。これらは通常の埋葬(丁寧に葬られた墓)とは異なり、明らかな暴力や虐殺の痕跡を留めています。
- 男性や若者の人骨: 頭蓋骨に鈍器で殴られたような陥没骨折があるもの、首を切り落とされた生首の状態で見つかるもの、四肢がバラバラに切断されたものが多く含まれています。
- 集団殺戮の痕跡: 複数の遺体が折り重なるように1つの穴に投げ込まれており、戦闘や略奪、あるいは戦後の組織的な虐殺が行われたことを物語っています。同時に、中期の王墓が徹底的に暴かれ、副葬品が破壊されて遺骨が撒き散らされるなど、前時代の権力者に対する激しい報復が行われた痕跡も確認されています。
2. 女性の遺体が受けた凄惨な損壊
数ある人骨の中でも、考古学界や歴史研究において特に衝撃を与えたのが、ある特定の成人の女性人骨の損壊状態です。
この女性の遺体は、以下のような異常かつ非人道的な尊厳の剥奪・損壊を受けていました。
- 骨盤(陰部)への異物挿入:女性の骨盤(下腹部・陰部にあたる位置)に、牛の角(あるいは鋭利な骨角器)が深く突き刺さった(挿入された)状態で出土しました。これは、生前あるいは死亡直後に、極めて悪質な性的・身体的暴行、または屈辱を与えるための凄惨な凌辱行為が行われたことを明確に示しています。
- 脊椎(背骨)の破壊:この女性は背骨(脊椎)が激しく折られており、身体を不自然に折り曲げられたような状態で、ゴミ穴(灰坑)へと投げ捨てられていました。
まとめ
陶寺遺跡で起きた出来事は、単なる「戦争による死亡」の枠を超え、敵対した人々(あるいは前体制の支配階層)に対する徹底的な復讐、尊厳の破壊、そして見せしめとしての暴行が行われたことを示しています。特に女性の遺体に見られる「骨盤への牛角の挿入」や「背骨の結合破壊」は、古代における凄惨な集団暴力と略奪のリアルな惨状を現代に伝える、極めて凄惨な考古学的証拠となっています。
