インバウンドとオーバーツーリズム【まとめ】日本人が「自国を観光できない」国になるまで
インバウンドとオーバーツーリズム【まとめ】日本人が「自国を観光できない」国になるまで

0|観光復活がもたらした「異常な賑わい」

2023年春、日本はついに長いコロナ禍を抜け出した。入国制限が全面解除され、空港には外国人観光客が列をなし、街には久々の活気が戻った。
政府や観光庁は「観光立国ニッポンの復活」と胸を張り、報道番組もその様子を明るく伝えた。しかし、現場では静かに異変が起きていた。京都の祇園では早朝から外国人観光客が殺到し、地元住民が外出を控えるようになり、奈良や鎌倉では「通勤路が観光客で塞がる」現象が常態化。やがてこの過密現象は「オーバーツーリズム(overtourism)」という言葉で語られるようになった。


1|オーバーツーリズムとは何か——観光の成功が招く失敗

オーバーツーリズムとは、観光地に過剰な人数の観光客が集中することで、地域住民の生活や環境、文化、観光体験そのものに悪影響を与える現象を指す。
観光経済学の用語としては2010年代のヨーロッパで一般化したが、日本ではコロナ明けの2023年頃から急速に使われるようになった。

この問題は単なる「混雑」ではない。
観光地が「観光客のための街」に変質し、地元の人々が生活しにくくなること、伝統や文化が商業的に消費されること、さらには価格体系が観光客向けに変化し、地元民が排除されることが問題の核心である。
特に為替レートの影響で円安が進行していた2023〜2025年には、外国人観光客にとって「日本は激安」である一方、日本人にとって「自国が高すぎる」状況が生まれた。


2|2023年から2025年——オーバーツーリズム拡大の時系列

●2023年:観光再開と急激な回復

2023年3月、入国制限が完全解除。訪日外国人数は約2,000万人に回復し、観光地は歓喜に沸いた。
京都・大阪・東京・北海道など主要都市のホテル稼働率は90%を超え、特に「ゴールデンルート」(東京〜富士山〜京都〜大阪)は外国人で溢れ返った。
その一方で、京都市民からは「地元の寺に入れない」「バスに乗れない」という声が上がり始める。
市バスは常時満員、清水寺や金閣寺では早朝5時台から行列ができ、観光庁への苦情件数が前年の5倍に達した。

●2024年:観光偏重の構造が表面化

2024年には外国人観光客が過去最高の3,300万人を記録。円安と免税制度の影響で、外国人の「爆買い」が再燃した。
銀座や心斎橋では、高級ブランド店が相次いで店舗を拡大。反面、地元向けの老舗店舗が家賃高騰で撤退し、都市空間が「外国人向け商業空間」へ変貌した。
京都では「町家ホテル」の乱立が問題化。住民が住めない街になり、地価が高騰。地元高校生が修学旅行で京都を避け、「地元の京都が見られない」という逆説的な現象が生まれた。

●2025年:オーバーツーリズムの臨界点

2025年春、関西万博を目前に外国人観光客は月間400万人を突破。観光庁は「地方分散」を呼びかけたが、現実には京都・大阪・東京に集中。
「令和のオーバーツーリズム」と呼ばれる社会現象が定着する。
京都市では観光公害(tourism pollution)という言葉が使われ、祇園地区の舞妓通りでの「無断撮影・私有地侵入」が頻発。奈良では鹿が観光客の食べ残しを常食するようになり、環境面での悪影響も指摘された。


3|経済構造の変化——“インバウンド価格”と生活の乖離

観光業の好調は確かに日本経済を押し上げたが、その恩恵は限定的だった。
観光地では「インバウンド価格」という新語が定着した。これは外国人の購買力に合わせて設定された高価格帯の商品・サービスを指す。
例として、京都の抹茶パフェは2,800円、ホテル朝食は6,000円に達するなど、地元住民には手の届かない価格設定が広がった。
これにより、観光地周辺のスーパーや飲食店までもが観光客価格へと連動し、地元住民が日常的な外食や買い物を避けるようになった。

経済社会学的には、これは**二重経済構造(dual economy structure)**と呼ばれる現象である。
富裕な外来需要と貧困化する内需が同じ地域で共存し、社会的格差を拡大させる。観光が地域再生どころか「地域分断」を生むという逆説が生じているのだ。


4|行政とメディアの対応——「観光立国」からの転換模索

観光庁は2024年に「観光地再生・高付加価値化推進事業」を開始し、観光客の分散化と地域文化保護を目指した。
しかし実態としては、地方自治体の財政が観光税や宿泊税に依存しており、「観光客減少=財政悪化」となる構造が根強かった。
メディアも当初は「観光復活」を礼賛したが、2025年にはトーンを変え、「京都の静けさが失われた」「富士山がゴミ山化」といった批判的報道が相次ぐ。
とりわけ富士山周辺の無許可撮影スポット問題(通称:忍野村ゲート問題)は、観光自由主義と地域規制の衝突を象徴する事件として記憶された。


5|文化的・心理的影響——「観光疎外」とアイデンティティの揺らぎ

心理学的観点から見ると、オーバーツーリズムがもたらす最も深刻な影響は「観光疎外(tourism alienation)」である。
これは、自国民が自国の文化や景観にアクセスできなくなることで生じる疎外感を意味する。
京都や鎌倉の住民は「自分の街が他人のものになった」と語り、観光地を避ける「ローカルエスケープ現象」が報告された。
また、SNS上では「#地元なのに行けない」「#日本が遠い」といったタグが広がり、観光とナショナル・アイデンティティの関係が問い直されるようになった。


6|今後の展望——“共生型観光”への転換

現在、観光学・地域社会学では「共生型観光(coexistence tourism)」が新たなキーワードになっている。
これは観光客と住民が対立するのではなく、互いの生活圏と文化を尊重しながら持続的な関係を築くことを目指す概念だ。
京都市では2025年以降、観光客に行動ルールを伝える「ビヘイビアコード(behavior code)」を導入し、地元商店との協働イベントを開始。
北海道では、外国人向け宿泊施設に地域ガイド参加を義務づけ、観光を地域教育の機会として再構築する動きも見られる。


7|日本人が自国を観光できる日は戻るのか

観光立国とは本来、他国からの訪問者を歓迎しつつ、自国民も自国を楽しめる国のことを指す。
しかし今の日本では、観光が一部の外貨獲得手段となり、国民生活との乖離が進んでいる。
「自分の街を自分の目で見ることができない」——その異常が常態化する前に、観光のあり方そのものを見直す必要がある。
それは単なる経済政策ではなく、文化と生活の再設計の問題であり、「誰のための観光か」という根源的な問いに立ち返ることでもある。

ポストコロナの日本社会が真に豊かさを取り戻すためには、「観光する権利」を外国人だけでなく日本人自身にも保障すること——それが、次の時代に向けた最も重要な課題なのだ。