日本社会の混乱と構造的背景 ― 2018年以降の変動を読み解く
日本社会の混乱と構造的背景 ― 2018年以降の変動を読み解く

日本社会の「迷走」とは何か

2018年以降の日本社会は、政治的にも経済的にも大きな転換期を迎えた。少子高齢化の加速、長期デフレの後遺症、国際秩序の変化、そしてパンデミックによる社会的ストレスが複合的に作用し、社会の安定基盤は揺らいだ。こうした現象を「日本の迷走」と呼ぶならば、それは単に政治的混乱だけでなく、社会構造そのものの転換期における“変動の痛み”を示しているといえよう。

社会学では、このような社会的な動揺を「社会変動(social change)」と呼ぶ。社会変動とは、価値体系、制度、生活様式、社会関係などが長期的に変化するプロセスを指すが、変化の速度や方向が急激な場合、社会的「不安定性」や「分断」が顕在化する。本稿では、2018年以降の日本社会を、経済・政治・国民生活・行政・外国人・その他の側面から整理し、混乱の構造的要因を解説する。


Ⅰ.経済における混乱 ― 長期停滞と構造転換の狭間で

1. デフレ構造からの脱却の難しさ

2018年時点で日本経済は、アベノミクスのもとで「緩やかな回復基調」にあった。しかし、実態として賃金上昇は限定的で、企業収益の改善も株価上昇に偏っていた。この構造的な問題は、「トリクルダウン(trickle-down)」理論が実体経済に及ばなかったことを示している。
トリクルダウンとは、富裕層や大企業の利益拡大がやがて中間層や労働者層に“滴り落ちる”とする経済理論だが、日本ではこの仕組みが十分に機能しなかった。

2. コロナ禍による供給網(サプライチェーン)の崩壊

2020年の新型コロナウイルス感染拡大により、世界規模で「サプライチェーン(供給網)」が分断された。特に半導体・医薬品・食品などの分野で海外依存が明確になり、日本の「経済安全保障」の脆弱性が露呈した。
これを受け、日本政府は2021年以降、「経済安全保障推進法」(2022年施行)を制定し、戦略物資や基幹技術の国内生産体制を強化する方向へ舵を切った。しかし、国内産業の空洞化や人材不足が深刻化しており、再構築は容易ではなかった。

3. インフレと実質所得の低下

2022年以降、ウクライナ危機を背景にエネルギー価格が高騰し、日本でも「輸入インフレ」が進行した。しかし、名目賃金が上がらない中で物価だけが上昇する「スタグフレーション(stagflation)」的現象が生じ、実質所得は低下した。
この結果、消費は停滞し、格差拡大が進行した。特に非正規雇用層や単身高齢者層における生活困難が顕著となり、「生活保護受給者の高齢化」という新たな社会問題が生まれた。


Ⅱ.政治における混乱 ― リーダーシップ不在と価値対立

1. 政治的断絶と「短命政権」化

安倍政権の長期安定の後、菅・岸田・石破と政権が短期間で交代する「ポスト安倍期」は、リーダーシップの分散と政策の不連続性をもたらした。
特に、政策決定における官僚主導の復活と「政治主導」の形骸化が指摘された。官僚制の硬直性が再び前面に出たことで、迅速な意思決定が難しくなった。

2. 政治思想の対立 ― リベラリズムと保守主義

この時期、日本政治では「リベラリズム(liberalism)」と「保守主義(conservatism)」の対立が先鋭化した。
リベラリズムは個人の自由と人権を重視する思想であり、グローバル化や多様性の容認を基盤とする。一方、保守主義は伝統や共同体の秩序を重んじる立場である。
リベラリズムが強まると国家的統合が弱まり、保守主義が強まると国際的協調が損なわれる。日本政治はこの二極の間で揺れ続け、統一的な方向性を見失っていった。

3. 政治不信とメディア環境の変化

SNSの発達により、「ポピュリズム(大衆迎合主義)」的政治言説が拡散しやすくなった。政治家や政党への信頼が低下し、政策論よりも感情的対立が前面化する。
このような状況を「ポスト真実(post-truth)」と呼ぶ。ポスト真実社会では、事実よりも“信じたい情報”が優先され、政治的分断が加速する。日本社会も例外ではなく、情報の断片化と不信の連鎖が進行した。


Ⅲ.国民生活における混乱 ― 孤立と分断の拡大

1. コロナ禍による社会的孤立

2020年以降の外出制限・学校閉鎖・テレワーク化は、人々の「社会的接触」を激減させた。その結果、「社会的孤立(social isolation)」や「孤独死」が社会問題化した。
政府は2021年に「孤独・孤立対策室」を内閣官房に設置したが、孤立の背景にある“人間関係の希薄化”という構造的問題への対応は依然として不十分であった。

2. デジタル化格差と生活支援の分断

行政や教育、医療のオンライン化が進む一方で、「デジタル・ディバイド(情報格差)」が顕著になった。特に高齢者や低所得層では、オンライン手続きや遠隔診療へのアクセスが困難であり、社会サービスから取り残される層が拡大した。

3. 家族形態とケアの変容

少子化と核家族化が進み、介護・育児・教育の負担が個人に集中するようになった。家庭内でのケアが難しい家庭が増加し、地域コミュニティによる「互助(mutual aid)」の再構築が求められている。
このような動きは「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」という概念で説明される。ソーシャルキャピタルとは、人々の信頼やつながりによって社会が機能する力を指す。


Ⅳ.行政上の混乱 ― デジタル化と統治構造の再設計

1. 行政デジタル化の遅れとマイナンバー問題

コロナ禍で明らかになったのは、日本の行政デジタル化の遅れである。給付金支給の遅延やデータ管理の不備が問題となり、2021年に「デジタル庁」が設立された。しかし、マイナンバー制度の運用におけるトラブルが続発し、国民の信頼を十分に得るには至らなかった。

2. 縦割り行政と責任の所在の不明確化

日本行政の長年の課題は、「縦割り構造」である。各省庁が独自の権限を持ち、連携が難しいため、全体最適が図られない。この問題は「官僚制(bureaucracy)」の弊害として古くから指摘されており、特に災害時や感染症対策での連携不足が顕著となった。


Ⅴ.外国人に関する混乱 ― 労働と共生の狭間で

1. 外国人労働者受け入れ拡大の背景

日本では2019年に「特定技能制度」が導入され、外国人労働者の受け入れが急拡大した。これは労働力不足への対応策だったが、文化的・制度的受け皿が整備されておらず、現場でのトラブルや差別が問題化した。
「多文化共生(multicultural coexistence)」の理念は掲げられたが、実態は単なる“労働補完”にとどまり、社会的統合には至らなかった。

2. 国際関係の緊張と社会不安

中国・韓国との関係悪化やロシア情勢の影響もあり、国際的な不安定要因が国内世論に波及した。特にSNS上では「排外主義(xenophobia)」的言説が目立ち、社会的分断を助長する結果となった。


Ⅵ.その他の混乱 ― 科学技術・教育・倫理の揺らぎ

AI・生成型技術の進展により、労働市場や教育体系にも大きな変化が起こった。AI倫理(AI ethics)、個人情報保護、教育格差などの新たな課題が浮上し、社会全体が「技術変化への適応」に苦慮している。


結論:変動期の日本をどう再構築するか

2018年以降の日本社会の混乱は、単なる政治の不安定ではなく、産業構造・価値観・人口動態・国際関係が同時に変化する「複合変動(complex change)」の表れである。
この時代を乗り越えるためには、国家的統合の理念と、個人の尊厳を守る社会的包摂の両立が求められる。政治と市民社会、企業と行政、そして国内と国外――それらの間に新たな「連帯の回路」を築くことこそが、次の時代の安定へとつながる鍵である。